生体サーバーだったお嬢様の話
不思議な夢を見た。
夢の中の私は、とてもおぞましい姿をしていた。
液体が満ちた容器の中で手も足も身体の何もかもが無く、
唯一あるのは剥き出しの脳だけ。それのみで存在している。
どういった技術を用いられているのかは知らないが、脳だけになっても生きているらしい。
こんな酷い有り様を目にするだけで気を失ってしまいそうなのに、
夢の中の私はそれをごく当たり前のものとして受け入れていた。
私の目の前には、文字が流れている。これもどのような技術でここに見えているのかは
全く分からないが、川の流れのように上から下へと次々に文章らしきものが現れては見えなくなっていく。
普通の人間なら目だけでは追いきれない速さのそれを、脳になった私は文章をひとつひとつ理解していく。
「推しカプ本5000兆冊欲しい!!!」
「コンビーフってさぁ[もっと見る 1250文字]」
「掃除終わった!!!セルフ医業」
「ごじみす」
夢の中の私はこの意味不明な文章たちを理解していたが、冷静に考えると
どういう意味なのかは全く分からない。
脳の私は何かを操作して、文字を書いていく。
他と同じような意味の分からない言葉を書くのだろうか、と思っていた。
「つかれたなぁ」
それはただ短く簡潔に、今の気持ちをそのまま吐き出したような文字だった。
また操作をすると書いた言葉は先程見ていた文字の川の一部となり、上から下へ消えていった。
この私は、脳だけの私は、狂っているのだとばかり思っていたのに。何故そんな人間らしい言葉を使うの?
ポコン、と電子音が鳴る。
脳が操作して、「通知」と書かれたところを見る。
今度は文字ではないものが流れて来た。
何か黄色いものと手が小刻みに動いている小さな絵。これは何?
そして他にも、小さくはあるが文字が見える。そこにはこう書かれていた。
「おつかれ」
「お疲れ様」
「ごじあい」
もしかすると、これは、私に言っているの?
疲れたと書いた私に向けて?誰が?何の為に?
「ありがてぇ〜…」
どこからともなく声が聞こえた気がした。
─────────
私が見ていた不思議な夢は、そこで終わった。
とても長かったような気がしたけれど、現実では昼時の数十分の出来事だった。つい昼寝をしてしまったらしい。
「にゃあん」
「あら、どうしたのかしら」
飼い猫が私の足元にやって来た。私はその子を抱き上げ、腕の中に包み込む。
頭を撫でてやると、子猫は嬉しそうに目を細めてごろごろと喉を鳴らした。
「あっ…」
何か黄色いものと手が小刻みに動いている絵が頭の中に蘇る。
「あれは…そういう意味だったのですね…」
手が止まり、涙を零す飼い主を見上げて、子猫は「にゃあ」と鳴くだけだった。